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本のある生活
2008年06月21日  幻想初七日  [かくこと]

大好きなPIZZICATO FIVEを聴いて

「幻想初七日」

今日の朝 なに食べたの?

バナナは好き
でも食べない
のどがかゆくなるから

それなら野菜ジュースを飲んでね
朝はビタミンの吸収がとてもよいから

私は知ってる

あの人の好物

トルティーヤにサルサソース
ガッカモーレを添えて
ただし野菜は小さめに

私は知ってる

あの人が昨日見た夢

パンダが急に襲ってきて
足から食べられる!と思ったら
本当に猫が足をかじかじしていたこと

私は知ってる

あの人が使う言葉

必ずどこかをひっくりかえす
たとえばシューアイスは、アイシュー
あらま こっちのほうがいいよね

それでも知らないことはたくさんあって
たとえば、さっきからちらちら見ている店員さんは
好みなのかとか
カエルが崩れたような置物について
どう思うかとか
こっちの紫とあっちの紫はどちらがすきか とか

まちがってるとか、いけないことって
どうやって決めるのかとか
そんな人がいたときに
どんな行動が美しいか、とか

本当にかっこいい人って
どんな人?とか

わからないことはいっぱいいっぱいあって
そのまま聞くことはできなかったし
答えたことが本当でもないから

結局すべては漂って
思い出したり、思い出さなかったり

でも、手をつないでいる限り
らんらん歌いだしたい気分だ

嬉しさと悲しさに
手をつないで
らんらん歌いだしたい気分だ

たとえば北でも西でもなく
南でも東でもなく
南向き、東もちょっぴり
あのあたり

できれば
なるべく
曖昧模糊としたところに向かえ

今日嬉しかったこと
ほめられたこと
マントヒヒに似た上司に
いやみを言われたこと

そしていつも口ぐせは
「それはつまり…」

事実を楽しみ、曖昧なまま進め

それでいいよ
それでいいよ

手をつないでいるかぎり

事実を楽しみ、曖昧なまま進め


2008年06月09日  一目惚れ   [えんじること]

詩の朗読をアップしました。
曲は、ビル・エバンスのWaltz For Debbyです。
よかったら聴いてくださいまし。

「一目惚れ」朗読 五十川藍子

「一目惚れ」

突然の感情によって結ばれたと
二人ともそう信じ込んでいる

そう確信できることは美しい
でも確信できないことはもっと美しい

以前知り合っていなかった以上
二人の間には何もなかったはず、というわけ

それでもひょっとしたら、通りや、階段や、廊下で
すれ違ったことはなかったかしら

二人にこう聞いてみたい

いつか回転ドアで顔をつきあわせたこと
覚えていませんか?
人ごみのなかの「すみません」は?
受話器に響いた「違います」という声は?

―でも二人の答えはわかっている
いいえ、覚えていませんね

もう長いこと自分たちが偶然に
もてあそばれてきたと知ったら
二人はとてもびっくりするだろう

二人の運命にとってかわろうなどとは
まだすっかり腹を決めていないうちから
偶然は二人を近づけたり、遠ざけたり
行く手をさえぎったり
くすくす笑いを押し殺しながら
脇に飛びのいたりしてきた

しるしや合図はたしかにあった
たとえ読み取れないものだったとしても

三年前だったか
それとも先週のことか

木の葉が一枚、肩から肩へと
飛び移らなかっただろうか

何かがなくなり、見つかるということがあった

ひょっとしたら、それは子供のとき
茂みに消えたボールかもしれない

ドアの取っ手や呼び鈴に
一人の手が触れたあと、もう一人の手が
出会いの前に重ねられたこともあった

預かり所で手荷物が隣り合わせになったことも

そして、ある夜、同じ夢を見なかっただろうか
目覚めの後すぐにぼやけてしまったとしても

始まりはすべて
続きに過ぎない

そして出来事の書はいつも
途中のページが開けられている

ヴィスワヴァ・シンボルスカ著 「終りと始まり」より


2008年06月01日  本当のかっこよさとは  

サマセット モーム編 世界100物語2「奇妙なこぼれ話」
「三人の男」 トマス・ハーディ より

…誰も彼もほとんど例外なしに楽しんでいる様子で、慣習的な固苦しい規則によって縛られない点で、それだけ一層のびのびしていた。 お互いの好意を信じて少しも疑わないところから、完全にくつろいだ気分が生れ、出世したいとか、検分をひろめたいとか、さては他人をしのぐようなことがしたいとかいう欲望を示す表情や身振りが全然ないところから、本当の貴族の落書きにも匹敵するみごとな態度が、居ならぶ人々に与えられていた―社会の階級の両極端に属する人間は別として、とかくそういう欲望が今日では人間の美しさや温かさを往々にして損ねているものだが。

たくさん持っている人、もしくは全然持っていない人の中には
まるで哲学者のように
何かを悟りきっている人を見つけることが、時々ある。

でも、中途半端に持っている人は、もっと欲しい、まだ欲しい
失いたくない、あの人より、スゴくありたい…そんな欲望を抑えるのは難しい。
(…私もそうだ)

私の中で、本当にカッコイイなあと思うのは
カッコつけない人だ。
逆説的だけれども。

自分を大きく見せようと、こんなにすごいんだぞと
孔雀のように羽を広げるのは
本当は、できることなら
親か、奥様、旦那様の前限定でやったほうがいい。

でも、それが気になるのは、自分もそういうところがあるからだろうと思うし
やっぱり頑張ってかっこつけたくなっちゃうんだけれども。

だからこそ、謙虚で、誰の前でも態度が変わらない人を見ると
とても尊敬するし、自分もそれに値する人間になりたいと思う。


2006年10月05日  フラジャイル 弱さからの出発  

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「フラジャイル」とは、こわれやすさという意味である。ほら、よく飛行機にのるとき
シールを貼ってくれるでしょう?ワインが壊れた絵が描いてあるシールに書いてあ
る言葉だ。
この本は、著者の松岡正剛さんが主催している学校の説明会で、同じく参加して
いた女性から知った。松岡正剛さんという方は、知の塊のような方。とにかく本文
中に、例(for example)がやたら多い。ただひとつ、解剖学と漢方と、哲学、科学
文学が、ごたまぜになって、展開されてくる。おそらく、本当に何かを知りたいと
思ったら、全ての世界を知るより他はなかったのだろうと想像する。自分で欲しい
知識を、あるべき場所に配置するしかなかったのだろうと、まだ見ぬ世界を想像する。
千夜千冊というWEBページを見れば、その博識度がわかるだろう。

千夜千冊
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0001.html
ここをしっかり読むと、私は、自分が本の紹介文を書いているのが恥ずかしくなる。
恥ずかしいのは変わらないが、私はまだ29歳で、あちらはロマンスグレーだから
といいわけし、山のいただきをちらりと見て、また歩き出そう。

フラジャイルの話に戻る。この本の中で、松岡氏は
「弱さとは、強さの反対ではなく、ただそれだけで魅力的な何か」と定義する。

本文を抜粋する。
…私は、「弱さ」を「強さ」からの一方的な縮退だとか、尻尾をまいた敗走だとは
おもっていない。むしろ弱々しいことそれ自体の中に、なにか格別な、とうてい
無視しがたい消息が隠れているとおもっている。
 結論を言うようだが、「弱さ」は「強さ」の欠如ではない。「弱さ」というそれ自体
の特徴をもった劇的でピアニッシモな現象なのである。それは、些細でこわれや
すく、はかなくて脆弱で、あとずさりすりょうな異質を秘め、大半の論理から逸脱
するような道の振動体でしかないようなのに、とくに深すぎるほど大胆でとびきり
過激な超越をあらわすものなのだ。部分でしかなく、引きちぎられた断片でしか
ないようなのに、ときに全体をおびやかし、総体に抵抗する透明な微細力をもっ
ているのである…

確かに、人は弱さに魅せられる。恋愛においては、その理由にもなりうる。私の
友人は、素敵な男の子がちょっとダメなところをみせると、とんでもなくぐっとくる
のだそうだ。私も以前、お互いの弱さに魅せられて、恋をしたことがあった。建設
的ではなく、長くは続かなかったけれど、あの恋がなんと甘美であったことか。
本当に自分が相手になってしまうんじゃないかと思うほど、二人の距離は近かった。
弱くてアンバランスなものは、不完全の吸引力がある。それだけではいられない
から、何かになろうとしているようでもある…。

恋愛だけではなく、人は壊れやすいものに惹かれる。アンバランスだからそれだけで
目に飛び込んでくる。そんなフラジャイルなものたちを集め、
松岡正剛氏流に並べ、眺めてみたらこうなった。

フラジャイル 弱さからの出発
松岡正剛
ちくま学芸文庫


2006年10月03日  きみが住む星  

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SMAP×SMAPのビストロSMAPで、ゲストに薬師丸ひろ子が登場したとき、
キムタクが「セーラー服と機関銃」という映画のシーンを話題にした。薬師丸ひろ
子が機関銃をぶっぱなす、やりすぎだろうというくらいにぶっぱなす
…有名なシーン

キムタクは言う。
「このあと機関銃をゆっくりおろして言うんですよね『カイカン』って。俺、カイカン
って言葉、そのとき知らなかったんですよ。子供だったから。でもね感覚的に、
『カイカン』って、ものすごく気持ちがいいんだろうなーって思っちゃったんだよね。
そのシーンみてさ。だからこの映画、すごく覚えてるんですよ」

言葉と感覚がつながるときって、きっとこんな感じなんだろうな。本当は、今使っ
ている言葉と同じくらいのエピソードがあるのだろうけれど、覚えているのはほん
の一部で。
言葉ではないのだけれど、私にとって「大切な男性」の存在を意識したのはこの
本からだった。『コイビト』という言葉よりも、事実よりも先に、それがどんなものか
感じさせてくれる本だった。私はまだ中学生で、自分にはそんな人いないのに、
この本を読むと、その存在を感じた。それがとてもいいものなんだろうという気が
した。
池澤夏樹さんは、それからずっとファンです。

もし、人が自分の経験の中でしか生きられないのだとしたら、それはとても寂しい
ことだ。
でも、ほんの少しでも、想像が経験をリードできるのだとしたら…
私たちにはまだまだ救いがある。

きみが住む星
池澤 夏樹 (著), Ernst Haas (原著),
文化出版局


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