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      <title>本のある生活</title>
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      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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         <title>幻想初七日</title>
         <description>大好きなPIZZICATO FIVEを聴いて

「幻想初七日」

今日の朝　なに食べたの？

バナナは好き
でも食べない
のどがかゆくなるから

それなら野菜ジュースを飲んでね
朝はビタミンの吸収がとてもよいから

私は知ってる

あの人の好物

トルティーヤにサルサソース
ガッカモーレを添えて
ただし野菜は小さめに

私は知ってる

あの人が昨日見た夢

パンダが急に襲ってきて
足から食べられる！と思ったら
本当に猫が足をかじかじしていたこと

私は知ってる

あの人が使う言葉

必ずどこかをひっくりかえす
たとえばシューアイスは、アイシュー
あらま　こっちのほうがいいよね

それでも知らないことはたくさんあって
たとえば、さっきからちらちら見ている店員さんは
好みなのかとか
カエルが崩れたような置物について
どう思うかとか
こっちの紫とあっちの紫はどちらがすきか　とか

まちがってるとか、いけないことって
どうやって決めるのかとか
そんな人がいたときに
どんな行動が美しいか、とか

本当にかっこいい人って
どんな人？とか

わからないことはいっぱいいっぱいあって
そのまま聞くことはできなかったし
答えたことが本当でもないから

結局すべては漂って
思い出したり、思い出さなかったり

でも、手をつないでいる限り
らんらん歌いだしたい気分だ

嬉しさと悲しさに
手をつないで
らんらん歌いだしたい気分だ

たとえば北でも西でもなく
南でも東でもなく
南向き、東もちょっぴり
あのあたり

できれば
なるべく
曖昧模糊としたところに向かえ

今日嬉しかったこと
ほめられたこと
マントヒヒに似た上司に
いやみを言われたこと

そしていつも口ぐせは
「それはつまり…」

事実を楽しみ、曖昧なまま進め

それでいいよ
それでいいよ

手をつないでいるかぎり

事実を楽しみ、曖昧なまま進め</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">かくこと</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 21 Jun 2008 11:18:32 +0900</pubDate>
      

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            <item>
         <title>一目惚れ　</title>
         <description><![CDATA[詩の朗読をアップしました。
曲は、ビル・エバンスのWaltz For Debbyです。
よかったら聴いてくださいまし。

<a href="http://www.koharubiyori.com/hitomebore.mp3">「一目惚れ」朗読 五十川藍子</a>

「一目惚れ」

突然の感情によって結ばれたと
二人ともそう信じ込んでいる

そう確信できることは美しい
でも確信できないことはもっと美しい

以前知り合っていなかった以上
二人の間には何もなかったはず、というわけ

それでもひょっとしたら、通りや、階段や、廊下で
すれ違ったことはなかったかしら

二人にこう聞いてみたい

いつか回転ドアで顔をつきあわせたこと
覚えていませんか？
人ごみのなかの「すみません」は？
受話器に響いた「違います」という声は？

―でも二人の答えはわかっている
いいえ、覚えていませんね

もう長いこと自分たちが偶然に
もてあそばれてきたと知ったら
二人はとてもびっくりするだろう

二人の運命にとってかわろうなどとは
まだすっかり腹を決めていないうちから
偶然は二人を近づけたり、遠ざけたり
行く手をさえぎったり
くすくす笑いを押し殺しながら
脇に飛びのいたりしてきた

しるしや合図はたしかにあった
たとえ読み取れないものだったとしても

三年前だったか
それとも先週のことか

木の葉が一枚、肩から肩へと
飛び移らなかっただろうか

何かがなくなり、見つかるということがあった

ひょっとしたら、それは子供のとき
茂みに消えたボールかもしれない

ドアの取っ手や呼び鈴に
一人の手が触れたあと、もう一人の手が
出会いの前に重ねられたこともあった

預かり所で手荷物が隣り合わせになったことも

そして、ある夜、同じ夢を見なかっただろうか
目覚めの後すぐにぼやけてしまったとしても

始まりはすべて
続きに過ぎない

そして出来事の書はいつも
途中のページが開けられている

ヴィスワヴァ・シンボルスカ著　「終りと始まり」より
]]></description>
         <link>http://www.koharubiyori.com/2008/06/post_7.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">えんじること</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 09 Jun 2008 11:13:18 +0900</pubDate>
      

</item>
            <item>
         <title>本当のかっこよさとは</title>
         <description><![CDATA[サマセット　モーム編　世界１００物語２「奇妙なこぼれ話」
「三人の男」　トマス・ハーディ　より

<blockquote>…誰も彼もほとんど例外なしに楽しんでいる様子で、慣習的な固苦しい規則によって縛られない点で、それだけ一層のびのびしていた。
お互いの好意を信じて少しも疑わないところから、完全にくつろいだ気分が生れ、出世したいとか、検分をひろめたいとか、さては他人をしのぐようなことがしたいとかいう欲望を示す表情や身振りが全然ないところから、本当の貴族の落書きにも匹敵するみごとな態度が、居ならぶ人々に与えられていた―社会の階級の両極端に属する人間は別として、とかくそういう欲望が今日では人間の美しさや温かさを往々にして損ねているものだが。</blockquote>

たくさん持っている人、もしくは全然持っていない人の中には
まるで哲学者のように
何かを悟りきっている人を見つけることが、時々ある。

でも、中途半端に持っている人は、もっと欲しい、まだ欲しい
失いたくない、あの人より、スゴくありたい…そんな欲望を抑えるのは難しい。
（…私もそうだ）

私の中で、本当にカッコイイなあと思うのは
カッコつけない人だ。
逆説的だけれども。

自分を大きく見せようと、こんなにすごいんだぞと
孔雀のように羽を広げるのは
本当は、できることなら
親か、奥様、旦那様の前限定でやったほうがいい。

でも、それが気になるのは、自分もそういうところがあるからだろうと思うし
やっぱり頑張ってかっこつけたくなっちゃうんだけれども。

だからこそ、謙虚で、誰の前でも態度が変わらない人を見ると
とても尊敬するし、自分もそれに値する人間になりたいと思う。]]></description>
         <link>http://www.koharubiyori.com/2008/06/post_6.html</link>
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         <pubDate>Sun, 01 Jun 2008 20:57:32 +0900</pubDate>
      

</item>
            <item>
         <title>フラジャイル　弱さからの出発</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.koharubiyori.com/%83t%83%89%83W%83%83%83C%83%8B.jpg"><img alt="%83t%83%89%83W%83%83%83C%83%8B.jpg" src="http://www.koharubiyori.com/%83t%83%89%83W%83%83%83C%83%8B-thumb.jpg" width="112" height="160" /></a>
<br>
「フラジャイル」とは、こわれやすさという意味である。ほら、よく飛行機にのるとき
シールを貼ってくれるでしょう？ワインが壊れた絵が描いてあるシールに書いてあ
る言葉だ。
この本は、著者の松岡正剛さんが主催している学校の説明会で、同じく参加して
いた女性から知った。松岡正剛さんという方は、知の塊のような方。とにかく本文
中に、例（for example）がやたら多い。ただひとつ、解剖学と漢方と、哲学、科学
文学が、ごたまぜになって、展開されてくる。おそらく、本当に何かを知りたいと
思ったら、全ての世界を知るより他はなかったのだろうと想像する。自分で欲しい
知識を、あるべき場所に配置するしかなかったのだろうと、まだ見ぬ世界を想像する。
千夜千冊というＷＥＢページを見れば、その博識度がわかるだろう。

千夜千冊
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0001.html
ここをしっかり読むと、私は、自分が本の紹介文を書いているのが恥ずかしくなる。
恥ずかしいのは変わらないが、私はまだ２９歳で、あちらはロマンスグレーだから
といいわけし、山のいただきをちらりと見て、また歩き出そう。

フラジャイルの話に戻る。この本の中で、松岡氏は
「弱さとは、強さの反対ではなく、ただそれだけで魅力的な何か」と定義する。

本文を抜粋する。
…私は、「弱さ」を「強さ」からの一方的な縮退だとか、尻尾をまいた敗走だとは
おもっていない。むしろ弱々しいことそれ自体の中に、なにか格別な、とうてい
無視しがたい消息が隠れているとおもっている。
　結論を言うようだが、「弱さ」は「強さ」の欠如ではない。「弱さ」というそれ自体
の特徴をもった劇的でピアニッシモな現象なのである。それは、些細でこわれや
すく、はかなくて脆弱で、あとずさりすりょうな異質を秘め、大半の論理から逸脱
するような道の振動体でしかないようなのに、とくに深すぎるほど大胆でとびきり
過激な超越をあらわすものなのだ。部分でしかなく、引きちぎられた断片でしか
ないようなのに、ときに全体をおびやかし、総体に抵抗する透明な微細力をもっ
ているのである…

確かに、人は弱さに魅せられる。恋愛においては、その理由にもなりうる。私の
友人は、素敵な男の子がちょっとダメなところをみせると、とんでもなくぐっとくる
のだそうだ。私も以前、お互いの弱さに魅せられて、恋をしたことがあった。建設
的ではなく、長くは続かなかったけれど、あの恋がなんと甘美であったことか。
本当に自分が相手になってしまうんじゃないかと思うほど、二人の距離は近かった。
弱くてアンバランスなものは、不完全の吸引力がある。それだけではいられない
から、何かになろうとしているようでもある…。

恋愛だけではなく、人は壊れやすいものに惹かれる。アンバランスだからそれだけで
目に飛び込んでくる。そんなフラジャイルなものたちを集め、
松岡正剛氏流に並べ、眺めてみたらこうなった。

フラジャイル　弱さからの出発
松岡正剛
ちくま学芸文庫
]]></description>
         <link>http://www.koharubiyori.com/2006/10/post_5.html</link>
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         <pubDate>Thu, 05 Oct 2006 12:30:41 +0900</pubDate>
      

</item>
            <item>
         <title>きみが住む星</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.koharubiyori.com/%82%AB%82%DD%82%AA%82%B7%82%DE%90%AF.jpg"><img alt="%82%AB%82%DD%82%AA%82%B7%82%DE%90%AF.jpg" src="http://www.koharubiyori.com/%82%AB%82%DD%82%AA%82%B7%82%DE%90%AF-thumb.jpg" width="102" height="140" /></a>
<br>
ＳＭＡＰ×ＳＭＡＰのビストロＳＭＡＰで、ゲストに薬師丸ひろ子が登場したとき、
キムタクが「セーラー服と機関銃」という映画のシーンを話題にした。薬師丸ひろ
子が機関銃をぶっぱなす、やりすぎだろうというくらいにぶっぱなす
…有名なシーン

キムタクは言う。
「このあと機関銃をゆっくりおろして言うんですよね『カイカン』って。俺、カイカン
って言葉、そのとき知らなかったんですよ。子供だったから。でもね感覚的に、
『カイカン』って、ものすごく気持ちがいいんだろうなーって思っちゃったんだよね。
そのシーンみてさ。だからこの映画、すごく覚えてるんですよ」

言葉と感覚がつながるときって、きっとこんな感じなんだろうな。本当は、今使っ
ている言葉と同じくらいのエピソードがあるのだろうけれど、覚えているのはほん
の一部で。
言葉ではないのだけれど、私にとって「大切な男性」の存在を意識したのはこの
本からだった。『コイビト』という言葉よりも、事実よりも先に、それがどんなものか
感じさせてくれる本だった。私はまだ中学生で、自分にはそんな人いないのに、
この本を読むと、その存在を感じた。それがとてもいいものなんだろうという気が
した。
池澤夏樹さんは、それからずっとファンです。

もし、人が自分の経験の中でしか生きられないのだとしたら、それはとても寂しい
ことだ。
でも、ほんの少しでも、想像が経験をリードできるのだとしたら…
私たちにはまだまだ救いがある。

きみが住む星
池澤 夏樹 (著), Ernst Haas (原著), 
文化出版局]]></description>
         <link>http://www.koharubiyori.com/2006/10/post_4.html</link>
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         <pubDate>Tue, 03 Oct 2006 15:15:37 +0900</pubDate>
      

</item>
            <item>
         <title>その男の子が本当にかわいそうで</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.koharubiyori.com/%8C%9F%8Er%8A%AF.jpg"><img alt="%8C%9F%8Er%8A%AF.jpg" src="http://www.koharubiyori.com/%8C%9F%8Er%8A%AF-thumb.jpg" width="101" height="140" /></a>
<br>
先日、仕事でＩ女史にお会いした。その方はミステリー小説が好きで、パトリシア
・コーンウェルの「検屍官」を薦めてくれた。そして、本を薦めるときに、思い出
したように、ある出来事を話してくれた。
彼女が友人と飲みに行ったとき、隣に座ったカップルの男性が、たまたまパトリシ
ア・コーンウェルの作品を「彼女の作品は、最初のほうがいい。最近のものを見る
と少しがっかりする」とか、メアリ・Ｈ・クラークは、最近のもので、いいものが出た
とか、熱く論じている。彼女は、自分も好きな作家の話だったので、耳がダンボに
なり、一緒に来た友人の話が聞こえなくなるくらい、隣のカップルの話を聞いていた。
こんな楽しい話をしてくれるカレシがいるなんて、ほんとうらやましいわぁと思っ
て、横を見ると、カノジョのほうは、ひたすら迷惑そう。ただ黙って聞いているだ
けならともかく、時にはとんちんかんな相槌をうつ。
「そのときあたし、いっそのこと、乗り込んでいって話きいてやろうかと思ったの
よね、あんまりにもその男の子がかわいそうで。」
コーフンして話す、Ｉ女史の顔が忘れられなくて、帰り道、この本を買った。]]></description>
         <link>http://www.koharubiyori.com/2006/10/post_2.html</link>
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         <pubDate>Tue, 03 Oct 2006 07:11:47 +0900</pubDate>
      

</item>
            <item>
         <title>そのせつなさの意味は</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://www.koharubiyori.com/%94%5D%82%C6%89%BC%91z.jpg"><img alt="%94%5D%82%C6%89%BC%91z.jpg" src="http://www.koharubiyori.com/%94%5D%82%C6%89%BC%91z-thumb.jpg" width="110" height="160" /></a>
<br>
おそらく、心はまるい透明の玉で、中には液体が４分の１くらい入っている。普段
この中の液体は、静かに平静を保っているが、玉が外から傷つけられると、入っ
てくるすきま風にゆらぎ、さざなみを立てる。その傷は、液が染みて、痛む。時間
がたつと、その傷は癒えるが、小さな痕が残る。その傷は癒えるとき、傷をかばう
ように全体が少し縮む。なので、大人の脳はシワシワだ。

これは私の仮想である。勝手なイメージ。この本を読んで生まれた仮想だ。

…
芸術は、人の心を傷つけることで感動させる

一見逆説的なことに、すぐれた芸術作品には、どこか、人の心を傷つけるところが
ある。人は、芸術作品に接することで、積極的に傷つけられることを望むとさえ言
えるのである。
傷つけるといっても、もちろん、心ない言葉のように不快な形で傷つけるのではな
い。その瞬間に、何かが自分の奥深くまで入り込んで来たような気がする。ああ、
やられたと思う。その時の感覚が何時までも残り、脳の中で、何らかのプロセスが
進行しているのが感じられる。その過程で、世界について、今まで気づかなかった
ことに気づかされる。優れた芸術は、そのような形で、私たちの心を傷つけるので
ある。
…Ｐ７０「脳と仮想」茂木健一郎著　新潮社より抜粋

私は詩を書くと、本当にひどいものしか書けない。自分でも、読んでつらくなってしま
うものを、なぜか書いてしまう。詩のレベルはともかく、それ以前に、読むと悲しくな
る読み物の存在価値、その意味を考えていた。友人に、そういうものはあったほうが
いいと、言い切ってくれる人もいたが、理由まではわからなかった。
読んでつらくなるようなものは、この世に必要ないのではないか。２週間くらい、心を
うたれて、出かける気もなくなるようなものは、世の中に生み出す必要はないのでは
ないか。でも、確かに、切ない話を、人は求める。なぜか。その問いが、この一文を
読んだとき、氷解した。

そう。確かにそうなのだ。

私たちは、ほうっておくと、思考を停止するようにできている。感じないほうが楽だか
らだ。日本にいながら、ずっとアフリカの子供が飢えていること、日本に住む私であり
ながら、フィリピンの孤児たちの苦しみを、一瞬も忘れることがなかったら、私たちは
きっと気が狂ってしまうだろう。
でも、私たちには、心がある。それはたとえば愛という液体を閉じ込めた玉である。
それは時々傷つく。あまりに強く傷つくと、心そのものが壊れてしまい、危険だ。でも
ほんの少しの傷に心は敏感になる。風邪をひくと普段はなんともないすきま風が気
になるように。指先に傷があると、水がしみるように。
玉の中の液体は、傷から入り込む刺激に、さざなみを立てる。
…そして時々、私たちは世界を引き受ける。

そのために、芸術はあるのかもしれない。
忘れていた世界を時々思い出すために。

いい話を聞きました。私はこの仕事をしていてよかった。
この仕事の意味がわかったから。
茂木健一郎さん、この本を書いてくださって、ありがとうございます。]]></description>
         <link>http://www.koharubiyori.com/2006/10/post_1.html</link>
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         <pubDate>Tue, 03 Oct 2006 06:51:14 +0900</pubDate>
      

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            <item>
         <title>姑獲鳥の夏</title>
         <description><![CDATA[<img alt="ubume060927s300.jpg" src="http://www.koharubiyori.com/ubume060927s300.jpg" width="300" height="300" />

「姑獲鳥の夏」京極夏彦著　講談社文庫

夏が終わったことがどうしても受け入れがたい。私にはまだ寒い。なんとかしてほ
しいと思う。夏を懐かしみながら、この本を読んでいたら、もっと寒くなった。だいた
い表紙からして怖い。京極夏彦氏だって、ちょっと怖い。こんなに厚い本にはまっ
てしまったら、もっともっと読みたくなって怖い。怖いっていうのはきっと魅力を感じ
ていることなんだろうな。怖いもの見たさって言うものね。
さて、話は変わるが、ここで京極夏彦氏を彷彿させる登場人物京極堂のセリフを
抜粋。

「…だがね、君―面白い、面白くないという君の尺度にもよるがだいたいこの世に
は面白くない本などはない。どんな本でも面白いのだ。だから読んだことがない本
は大抵面白いが、一度読んだ本はそれより少し面白がるのに手間がかかるという
、ただそれだけのことだ。…」Ｐ１５

先日、人から、今まで読んだ中で、一番いい本は何ですか？という質問をされた。
いい本…とても難しい。その人がどんな本を読みたいかで、いい本は変わってくる。
簡単に答えるわけにはいかない。今までに好きだった本を聞いてみる。その中に
ヒントがある。私が素晴らしいと感じる本と、その人のそれはイコールではない。
だから、ブックコンシェルジュという仕事が面白いわけだ。みんな同じはつまらない。

そして私はいっそのこと「本にいい本も悪い本もない」と言い切ってしまおう。評論
家ではないのだから。どんな本も、精魂こめた、作者から社会への手紙である。

以前、新風舎という出版社の社長で詩人のマツザキヨシユキ氏が話してくれたこ
とがあった。「本の最初の読者は作者本人。だから、誰一人喜ばない本なんて作
れない。」もちろんこの話は、新風舎が自費出版や、共同出版を企画しているとい
うことも多分に関係しているとは思う。実際、一般的に読みにくい本、今は自分に
必要ないという本は存在するはずだ。でもその本を必要としている人も必ずいる。
私はその人に向けて紹介できる自分でありたいと思う。
それがブックコンシェルジュの仕事。そして人がすすめてくれた本は全部読む。実
際、本の虫の私にって、すすめていただいた本を読むのは至福のときだ。自分が
選ぶ本には限界がある。どうしても好みが偏ってしまうから。たまには人に選んで
もらうのがバランスがとれてちょうどいい。
もしよろしければ、どうぞ、皆さんのお好きな本も教えてください。
お待ちしています。

]]></description>
         <link>http://www.koharubiyori.com/2006/09/post.html</link>
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         <pubDate>Thu, 28 Sep 2006 03:31:03 +0900</pubDate>
      

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            <item>
         <title>誰よりも深く本を愛す</title>
         <description><![CDATA[<img alt="cofee300.jpg" src="http://www.koharubiyori.com/cofee300.jpg" width="300" height="225" />

本が好きだ。この想いは、ただ読むということが好きなのではなく、たぶん存在そ
のものが好きなのだと思う。本がうずたかく積まれた本屋さんの中にいると、それ
だけで幸せな気持ちになる。眺めているだけでもいい。ぱらりと、偶然開いたペー
ジを読んでみる。それ以上読んじゃダメ！そう自分で決めている。また戻して、別
の本を手に取る。そんなことを繰り返す時間は至福のときである。ベットの近くに
本がないと落ち着かない。疲れていて、読んで１ページ。それも読めないことがあ
るのに、ないと落ち着かない。出かける時だって、２冊は連れて行く。もしかしたら
私は本に依存しているのかもしれない。
　
それに、落ち込んだときにはまず、本を持って、カフェへ直行する。珈琲を飲みなが
ら、今の気分にあった本を読み、そこから広がる考えを、ノートにまとめる。少し気
持ちが上向きになったところで、友人と話す。ココまで来ると、もう気分はだいぶい
い。

もし、私がうつ病にならない理由があるとすれば、珈琲と本と友人の存在が、私を
助けているのだと思う。おおっと忘れてはいけない。それから毎日ちゃんと帰って
くる、旦那さんの存在、家族があるということ。

私の幸せは、珈琲と本と友人と家族に支えられている。（順不同）
]]></description>
         <link>http://www.koharubiyori.com/2006/09/post_3.html</link>
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         <pubDate>Tue, 26 Sep 2006 16:46:08 +0900</pubDate>
      

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